「江戸歴史散策」の途中、一旦事務所に戻って休憩。
メールチェックしたら、急ぎの仕事が入ってたんで対応。
なんてことやってたら、いつの間にか、
歩数 「18081」 時間 「15:30」
約1時間も経ってました。
あらら、急がないと。
ということで、次の散策ポイントに向かいたいと思います。
次の散策ポイントは 「毛利家下屋敷 -もうりけしもやしき-」 です。
ここがどうして「江戸東京散歩」で散策ポイントに指定されているかというと、
長州藩毛利家の下屋敷があったところ。
この下屋敷は、江戸湾に配置するための大砲が鋳造された場所でもあった。
なお、長州征伐後、江戸市中の長州藩邸のほとんどが破壊された。
という理由からです。
へぇ~。
ん?
ちょっと待て。
長州藩毛利家の下屋敷があったところ。
この下屋敷は、江戸湾に配置するための大砲が鋳造された場所でもあった。
なお、長州征伐後、江戸市中の長州藩邸のほとんどが破壊された。
すでに江戸時代に破壊されてるんかい!
そんなもん、今行っても何も残ってるわけないじゃん。
・・・
まあ、行くけどさ。
ちなみに、事務所から「毛利家下屋敷」に向かうルートとしては、
「四ツ目通り」をそのまま南下して「永代通り」を東へ、というのが最短ですが、
ちょっと遠回りして、「明治通り」を南下するルートを選択しました。
理由は特にないです。( 気分です )
で、事務所から「新大橋通り」に出て東へ、「明治通り」の交差点まで移動。
途中、最後の散策ポイント「羅漢寺 -らかんじ-」のあった所を
横目で見ながら通過して、「境川跡」という史跡も通過して、
到着しました。
第9散策ポイント 「毛利家下屋敷 -もうりけしもやしき-」
歩数 「22014」 時間 「16:16」
まあ、想像通りですが、
下屋敷の跡形もありません。
さて次です。
次の散策ポイントは 「八右衛門新田 -はちえもんしんでん-」 です。
新田?
この開発著しい地区に?
・・・
まあ、とりあえず、
どうしてここが「江戸東京散歩」で散策ポイントに指定されているか説明すると、
百姓八右衛門が開発した田地のあった場所。
新田開発は江戸幕府奨励のもとで行われた。
という理由からです。
・・・
知らねーよ! 誰だよ、百姓八右衛門って!
とかなんとかブツブツ言いながら歩いてたら、到着しました。
第10散策ポイント 「八右衛門新田 -はちえもんしんでん-」
歩数 「24334」 時間 「16:42」
さあ、皆さん。 ここが、八右衛門新田 です。
さ、次行こ、次。